プロフィールページをご覧下さりありがとうございます。

仕事では信頼され、責任ある立場にいる。

周囲からは『しっかりしている』『頼れる』と言われる。

家庭のこともきちんとこなしている。

社会でも家庭でも、ずっと頑張り続けてきたのに、

なぜか満たされない感覚がある。

それは、幼い頃からずっと、『支える側』でいることが

当たり前だったからかもしれません。

もし、そんな感覚が少しでもあるのなら、この先を読んでいただけたらと思います。

はじめまして。

心と言葉のカウンセラー、凪(なぎ)です。

■「しんどい」と言えなかったあの日

私は、いわゆるヤングケアラーとして育ちました。

本来は守られる側である子ども時代に、家族の中に生きづらさを抱える人がいる環境で、家族の感情や状況を優先しながら過ごしてきました。

自分の気持ちや居場所は、いつも後回しでした。

本当は誰かに頼りたくても、家族にも、友達にも言えない。

『しんどい』という言葉を、何度も飲み込みながら生きてきました。

家計を支えるためにアルバイトをしながら過ごす中で、全日制高校に通い続けることが難しくなり、夜間高校へ移りました。

そんな毎日の中で、張りつめていた私の心を救ってくれたのは、家族でも友達でもない人たちでした。

お寿司屋さんのお母さん。

コンビニのオーナーさん。

アパレル時代に出会ったお客様。

仕事の関係を超えて、私という一人の存在を見てくれました。

『大丈夫?』と声をかけてくれること。

時間をかけて話を聞いてくれること。

言葉にならない思いを、

一緒に言葉にしてくれること。

血がつながっていなくても、人はこんなにも人を想えるのだと知りました。

言葉にならない思いに、耳を澄ませてきた時間

私の母は、心の病を抱えていました。

幻聴が聞こえたり、気持ちが高ぶったり、現実との境目が揺らぐような苦しさの中にいることがありました。

弟には場面緘黙があり、自分の気持ちを言葉にすることが難しく、思いがあっても、うまく外に出せないことがありました。

そんな家族のそばで過ごす中で、私はいつも考えていました。

どうしたら、少しでも安心できるのだろう。

どんな言葉なら、気持ちは落ち着きやすいのだろう。

どんな聞き方なら、無理なくその思いに近づけるのだろう。

母に対しては、その奥にある不安や混乱に目を向けながら、少しでも安心できる関わり方を探してきました。

弟に対しては、ただ答えを求めるのではなく、

「こっちとこっちなら、どちらが今の気持ちに近い?」

そんなふうに、答えやすい形を探しながら接してきました。

その中で、私は何度も感じてきました。

強い言葉や正しさだけでは、人の心はひらかないということ。

うまく話せないからといって、気持ちがないわけではないということ。

言葉にならないだけで、

その人の心の中には、たしかに思いがある。

声にならない痛みや、不安や願いが、ちゃんと息づいている。

だから私は、表に出ている言葉だけではなく、

その奥にある不安や混乱、声にならない気持ちにも、

丁寧に耳を澄ませたいと思いながら関わっていました。

自分の人生を選んでいいという光

大きな転機は、福祉の相談員の方との出会いでした。

『1年後、どうなっていたい?』

そう聞かれても、当時の私は答えられませんでした。

自分の未来なんて、考えたこともなかったからです。

でも、何度も関わってもらう中で、私は少しずつ、

『本当はどう生きたいのか』

『何を大切にしたいのか』を

考えられるようになっていきました。

選べる道はひとつではないこと。

人とゆるやかにつながることは、弱さではなく支えになること。

そして、自分の人生は自分で選んでいいこと。

そうしたことを、さまざまな出会いの中で少しずつ受け取ってきました。

無理していることに気づいたとき

結婚し、母になってからも、『自分を後回しにする癖』は変わりませんでした。

苦しい日も『大丈夫』と笑って、自分のつらさは後回し。

本当はしんどい。

本当は誰かに助けてほしい。

でも、それを言えないまま、ずっとひとりで抱え込んできました。

自分では、無理をしているつもりはありませんでした。

まだ大丈夫。

これくらいは頑張れる。

そう思っていたのに、ある日、立ち上がれなくなりました。

そのとき初めて、自分が思っていた以上に無理を重ねていたことに気づきました。

心では平気なふりをしていても、体はずっと限界を知らせてくれていたのだと思います。

ちょうどその頃、母、夫、子どものことが重なり、

自分の体も思うように動かず、

毎日をこなすだけで精いっぱいでした。

◾️ひとりで抱えなくていい

そんな中で出会ったのが、

同じような境遇を生きていたママ友でした。

その人は、何かを解決してくれたわけではありません。

ただ、私の話を聞いてくれる人でした。

泣きながら話したこともありました。

言葉にならない思いを、そのままこぼしたこともありました。

きれいな言葉じゃない気持ちも、

そのまま受け止めてもらえました。

その経験が、私にとって大きな救いになりました。

相談できる相手がいること。

ひとりで抱えなくていいこと。

それだけで、人は少しずつ自然な呼吸を取り戻していけるのだと知りました。

支える側の苦しさにも、居場所が必要だと思うから

こうした経験を通して、私が深く実感してきたのは、

悩みや障害を抱える本人の苦しさだけではなく、

そのそばで支え続ける家族の中にもまた、言葉にならない葛藤や、理解され

にくい苦しさがあるということです。

支える側の苦しさは、ただ「大変」というひと言では言い表せません。

相手が少しでも安心できるように。

その場が少しでも穏やかでいられるように。

そう願って気を張り続けるうちに、自分の気持ちを後回しにすることが、いつしか当たり前になっていきます。

「私が我慢すれば、丸く収まるから」

そんな思いで、自分のしんどさを飲み込みながら過ごしてしまうこともある。

つらくても、つらいと言えない。

助けてほしくても、その言葉を口にすることがむずかしい。

支える側ほど、助けを求めることに慣れていないのです。

うまくいかなければ、自分の関わり方が悪かったのではないかと、自分を責めてしまうこともあります。

そんなふうに、外からは見えにくいまま、ひとりで抱え込んでしまう苦しさが、支える側にはあります。

だからこそ私は、家族を支える中で葛藤を抱えてきた方にも、

安心して言葉を置ける場所

を届けたいと思っています。

頑張り続けることが当たり前になってしまった人が、少しだけ力を抜いて、胸の奥にし

まってきた本当の気持ちに、そっと触れられるような時間を届けていきたいのです。

安心して話せること、気を張らずに自分でいられること、その中で少しずつ自分の気持ち

を見つめ、明日へつながる力を取り戻していけることを支えたい。

そう思ったことが、私がカウンセラーを志した理由のひとつです。

私のカウンセリングは、強く引っぱるものではありません。

月明かりのように、そっと足元を照らしながら、あなたの隣で一緒に、気持ちを見つめていく時間で

す。

そして私は、『家族でもない、友達でもない、第三の居場所』として、あなたの隣にいます。